フォートレス・エクスプロレーションを拠点とした組織S.E.Aとイリュージョンルームの肖像画は誰か

    

ハウディードゥ!ディズニー好きの皆さんこんにちは!ディズニーの研究家兼コレクター、元キャストのANDY(アンディ)です^ ^

 

前々回から引っ張りまくってる要塞型アトラクション、フォートレス・エクスプロレーションネタですが、ここを拠点に活動していた探検家、冒険家の組織S.E.Aについて前回触れてみました。この組織は1538年8月12日に組織されたのですが、その創設者メンバーたち総勢12名の肖像画が、なんとフォートレス内イリュージョンルーム(の横のエリア)に飾られているんです!

 

 

そこで今回は彼ら12名の紹介をさせていただきたいと思います。世界史にも登場する実在する人物たちなので、是非この機会に興味を持っていただけたらと思います^ ^

 

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イブン=バットゥータ

彼の生涯は1304年ー1369年。マリーン朝時代のモロッコに生まれたベルベル人です。生粋のイスラム文化をバックグラウンドに持ち、29年を掛けて世界中を旅して回った、史上最も偉大な旅行家の一人と考えられている人物なんですね〜

 

高校世界史ではイヴン=バットゥータと言えば、その旅行記『大旅行記』もしくは『三大陸周遊記』を連想する方もいらっしゃると思うんですが、実はこれらは題名は違っても元は同じで、原典はいずれも『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』というタイトルでした。これの翻訳なんです。

 

ちなみにモロッコ王国北部の都市タンジェにあるタンジェ国際空港は、別名イヴン=バットゥータ国際空港とも言われているんだとか。まんま名前の国際空港ってすごいな(笑)

 

ヴァスコ・ダ・ガマ

彼の生涯は1469(?)年ー1524年。ポルトガルのシーネスに生まれ、ヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した者として、記録に残る最初のヨーロッパ人と言われている人物です。この功績は、インド航路の「発見」とも言われていて、このことをきっかけにポルトガルの植民地政策や交易が拡大されたとされています。俗に言うポルトガル海上帝国の、活路を見出した人物ということになります。

 

実はヴァスコ・ダ・ガマについて書かれた史料は残っているものが非常に少ないらしいんです。1755年に発生したリスボン地震の折、地震と津波でリスボン市街が壊滅的な被害を受け、王立図書館に保管された記録の多くが失われてしまったんだとか。

 

 

エンリケ航海王子

彼の生涯は1394年ー1460年。ポルトガル王国の王子で、自分では航海はしていませんが、大航海時代の初期における重要人物の1人とされています。アヴィス朝(ポルトガル最初の王朝であったブルゴーニュ王朝の次にポルトガルを支配した王朝)を開いたジョアンⅠ世の三男に当たります。

 

ではなぜ自分で航海もしていない人物が「航海王子」と呼ばれるのか。それは生涯において、探検事業家、パトロンとして航海者たちを援助、指導し、それまで未知の領域だったアフリカ西岸を踏破させるなどしたことで、大航海時代の幕を開いたという評価を得ているからなんだとか。

 

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クラウディオス・プトレマイオス

彼の生涯は83年(?)ー168年とされています。数学、天文学、占星学、地理学、地図製作学など幅広い分野にわたる業績を残した古代ローマの学者です。

 

エジプトのアレクサンドリアで活躍した人物で、古代末期から中世を通して、ユーラシア大陸の西半分のいくつかの文明で権威とみなされたとんでもない人^ ^; これらの文明の宇宙観や世界観に大きな影響を与えた学術書の著者でもあるそうで、それは引いては現代の私たちの思想や学問にかなりの影響力を及ぼしている人、ということになります。

 

英称はトレミーで、そういえば数学で「トレミーの定理」とかって習いましたね^ ^ と思い出しましたー(笑)

 

クリストファー・コロンブス

彼の生涯は1451年(?)ー1506年。「1492年のアメリカ大陸の発見」というフレーズなら、誰もが聞いたことがあるでしょう。大航海時代において、キリスト教世界の白人として最初にアメリカ海域へ到達した人物ともされています。

 

ちなみにこの功績はスペインの支援によるところが大きかったため、隣国ポルトガルが焦り、マヌエルⅠ世がインド航路発見に積極的になるきっかけとなりました。この時にポルトガルから派遣されたのが、先に挙げたヴァスコ・ダ・ガマなんです。

 

ただ、かれらの功績の違いは、ヴァスコ・ダ・ガマは国王からの親書による任命であり、そこに明確に事前の航海計画がなされていた一方、コロンブスはあくまでも自らの意思で未知の海域に漕ぎ出していった点。ん〜ロマンですね〜

 

なお、ここではあまりネガティブ情報は出さないことにしますね^ ^; もっと詳しく知りたい方はご自身で調べてみて下さい。どんな歴史にも闇があるって、、、ことまでは言わないでおこっと(笑)

 

 

ティコ・ブラーエ

彼の生涯は1546年ー1601年。デンマーク出身の貴族で、かつ天文学者で占星術師。膨大な天体観測記録を残し、ケプラーの法則を生む基礎を作った人物です。そして、当時絶対的な地位を築いていた「天動説(地球が宇宙の不動の中心であり、太陽が地球の周りを公転していて、月より遠いところではいかなる変化も起きないとする説)」に、それが誤りである証拠を科学的に打ち出してみせた最初の人物とされています(ただ、この時にはまだ「地動説」自体には否定的でしたが)。ちなみに天動説を唱えていた代表的人物が先に挙げたクラウディオス・プトレマイオス。

 

彼が助手として雇った人物の1人がヨハネス=ケプラーで、彼の「ケプラーの法則」こそが、天体物理学の先駆的発想であり、完全なる地動説解明に至るきっかけとなったわけです。それもこれもティコ=ブラーエの正確無比な観測データがあってこそ。

 

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まとめ!!!

長くなったので一旦休憩!ww にしても色々なメンバーが創設者に名を連ねていますが、タイムスリップでもしたんでしょうか^ ^; 時代がバラバラすぎて面白い。これだけのメンバーが同じ時代に生きていたらどんな世界になっていたんでしょうね〜(> <) そんな夢をディズニーは描いているんでしょうか。

 

さて、続きは後半で語らせていただきますので、ご興味あれば是非^ ^ インパーク体験記の続きが見たい方はこちらから続きをご覧下さい(笑)

 

それでは、素晴らしい冒険の旅を!